
広島県木材利用センターや
廿日市市観光協会のほか、
広島市中区本通りひろしま夢プラザでも
けん玉を販売。
けん玉のルーツは江戸時代、中国から長崎へ伝えられた(オランダからとも言われる)。フランス語で「ビルボケー」、英語では「カップ・アンド・ボール」と呼ばれ、19世紀にはフランスをはじめ、欧米で盛んに行われていた。16世紀のフランス銅版画が最古の資料として残っている。
大正7年(1918)10月、広島県呉市の江草濱次氏が、明治期のけん玉に受け皿を取り付けた新型「日月ボール」を考案。翌8年5月、実用新案として登録した。
大正10年、廿日市のろくろ木工場、本郷木工(現在、(株)本郷)を江草氏が訪れ、けん玉づくりが廿日市で始まった。
大正12年から昭和5年頃までけん玉は全国的に流行し、やがては満州、台湾にまで販路を拡張した。その後、玩具としてわずかに生産は続けられていたが、戦時期に一時中断。戦後の観光ブームにあやかり土産用として全国の観光地に進出、廿日市でのけん玉製造業者は6社を数えた。
最盛期には廿日市のけん玉の生産は全国シェアの40%を占めていたが、昭和50年以降需要が減少し、製造業者も次々と撤退。
平成10年を最後に皆無となっていたが平成12年11月、場所を広島県木材利用センターに移し、廿日市市産業振興公社によって平成10年以来、けん玉づくりが発祥の地であるはつかいちで2年ぶりに再開。
21世紀へと受け継がれる伝統工芸として、見学・体験の場の提供、伝統技術の継承、後継者の育成などにも力を注いでいる。

























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