廿日市天満宮


廿日市中央の篠尾山に鎮座し、
風光明媚の地として知られる天満宮。
勉学の神として参詣客で賑わい、
秋祭りのみこし行列が有名。

かつて、南海奇勝の地と詠われた廿日市の中央、標高29.2mの篠尾山上。廿日市全体を見下ろすように建つ廿日市天満宮。俗に天神、あるいは天神さんと呼ばれる。

廿日市は江戸時代中期から後期にかけて北前船が出入りして栄えたが、全国の回船問屋が寄進した玉垣がかつての繁栄ぶりをしのばせる。ゆったりとした参道の117段の石段を登ると、小高い山上から市街地、瀬戸内海の景観を望むことができる。


市街地と瀬戸内海の風景を
間近に望む、境内の展望台。
初代神主職・藤原親実が
厳島神社造営のため鎌倉より
招いた多くの大工や桧皮師、瓦師、
鍛冶鋳物氏などと、その子孫らが
この地に永住するようになり、
ここから眺める町や港が栄える
基が開かれたといえる。

スポット情報
所在地: 

廿日市市天神3-2

お問い合わせ: 

TEL (0829)31-0501

アクセス: 

広電: 廿日市駅下車、国道2号線方面へ徒歩約10分
バス: 廿日市下車、徒歩約5分

もっと詳しく

廿日市天満宮は、厳島神社の神主として鎌倉幕府より任命された藤原親実(ちかざね)が桜尾城に着任後の天福元年(1233)、藤原氏の守護神として鎌倉荏柄(えがら)天神社を勧請して、篠尾山に社殿を造り鎮座されたものと伝えられている。
その後、初代神主職・藤原親実を新八幡宮として祀り、寛文4年(1664)には下平良新宮を合祀し、廿日市の人々によって氏神として祀られている。


鳥居の「天満宮」の御神号額は、
光明寺住職7世坊守、渡辺英子が
寛延7年(1750)正月、宮中の歌会で詠んだ
詠歌の褒美として霊鑑寺宗真宮から賜わった
御染筆に由来する。

江戸時代は正覚院が天満宮を祀り、天神坊と呼ばれていたが、明治中期から神仏分離令によって分かれて祀られるようになった。慶安5年(1652)に建造された社殿は明治17年(1884)に火災で焼失し、現在の社殿は同22年に再建されたものである。

祭神の木造菅公坐像は、衣冠束帯の姿で両手で笏を持ち、畳台に座っている。勉学の神として今も多くの参詣者で賑わい、もちつき大会、書道展なども行われる。

祭礼は10月第2土曜・日曜日に廿日市の氏神祭として執行され、奴連中の毛槍を先頭に、御祭礼保存会を中心としたみこし行列などが繰り出して賑わう。

主な年間行事

1月1日 - 元旦祭
1月25日 - 天神講大祭、新春書道展
2月3日 - 筆祭り
3月25日 - 祈年祭(春祭り)
5月25日 - 天神講大祭
7月10日 - 夏祭(夏祭り)
9月25日 - 天神講大祭
10月第2土・日曜 - 天満宮氏神祭(秋祭り)

主な文化財

  • 天満宮神号掛軸 (市重要文化財)
  • 天満宮縁起書巻物
  • 天満宮菅公坐像

記載にあたり、以下の文献等を参考にさせていただきました。

『廿日市町史 通史編(上)・(下)』(廿日市町編集・発行)
『廿日市の歴史探訪 1~3』(石田米孝著・渓水社)
『図説 廿日市の歴史』(廿日市市編集・発行)
『廿日市町の文化財』(廿日市市教育委員会編)
『ロマンのこみち』(廿日市市郷土文化研究会発行)

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