洞雲寺


当時西の京と呼ばれた周防の龍文寺から
金岡用兼を招き開山した神主家の菩提寺。
鷺の森の裏山を背にした風景には
しっとりとした情感が。

市内にありながら、閑寂境の憩いを楽しむにふさわしい、田園風景のなかの静かなたたずまい。JR廿日市駅の北側、この辺りでは貴重な自然環境を残した鷺(さぎ)の森の麓に位置する古刹、洞雲寺。春は桜、秋には紅葉が美しい。

洞雲寺は長享元年(1487)、厳島神主職の藤原教親(のりちか)が、大内氏ゆかりの周防・龍文寺から金岡用兼(きんこうようけん)を招いて開山した神主家の菩提寺である。由緒ある、歴史の古い洞雲寺には寺宝も数多く残されている。


次々と変わる
厳島神領の支配者から、
尊崇と保護を受けてきた洞雲寺。
厳島合戦で名高い
敗将陶晴賢の墓をはじめ、
境内には厳島神主家であった
藤原氏一族と藤原神主が滅んだ後
桜尾城に関係した毛利家の桂元澄、
毛利元清夫妻の墓などがある。

スポット情報
所在地: 

廿日市市佐方1071-1

お問い合わせ: 

TEL (0829)31-2461

アクセス: 

JR: 廿日市駅下車、東へ徒歩約10分
バス: 廿日市駅下車、徒歩約13分

もっと詳しく

42通の中世文書・洞雲寺文書、金岡禅師書写の洞雲寺正法眼蔵、金岡禅師が使用した木製主杖や袈裟、絵画作品として絹本着色金岡用兼禅師肖像画、そのほか三十三体の観音菩薩像、厨子入り釈迦十六羅漢像など、県重要文化財7件、市重要文化財7件がある。


かつては本堂はかやぶきで、
秋が深まると境内の大銀杏の黄葉に
ひとしお古寺の感が漂っていた。
5月8日のお祭は極楽寺の縁日同様、
多くの人がお参りに訪れる。

山門を入り左に登ると桜尾城主であった藤原氏一族の墓、大内氏に滅ぼされた藤原興藤(おきふじ)の墓、毛利元就に敗れ首実検された陶晴賢(すえはるかた)の墓、さらに、山門を入り右側を登ると藤原神主家が滅んだ後、桜尾城に関係した毛利家の桂元澄(かつらもとずみ)、毛利元清(もうりもときよ)夫妻の墓など、この地方で戦国時代を彩った戦国武将の墓があり、歴史の流れを静かに物語ってくれる。

本堂脇には、金岡禅師が厳島明神の啓示によって良水を得たと伝えられる「金岡水」が湧き出している。

毎年5月8日はお釈迦さまの誕生日を祝う縁日とされ、参道には花や植木を扱う露店が軒を連ねるなど、多くの参拝客で賑わう。

主な年間行事

5月8日 - 花祭り(灌仏会)
11月15日 - 開山忌かんのんさん縁日(春祭り)

主な文化財 

  • 洞雲寺文書 (県重要文化財)
  • 正法眼蔵写本 (県重要文化財)
  • 木造三十三観音菩薩像 (県重要文化財)
  • 陶晴賢の墓 (市重要文化財)
  • 藤原興藤の墓 (市重要文化財)
  • 桂元澄の墓 (市重要文化財)
  • 毛利元清の墓 (市重要文化財)

記載にあたり、以下の文献等を参考にさせていただきました。

『廿日市町史 通史編(上)・(下)』(廿日市町編集・発行)
『廿日市の歴史探訪 1~3』(石田米孝著・渓水社)
『図説 廿日市の歴史』(廿日市市編集・発行)
『廿日市町の文化財』(廿日市市教育委員会編)
『ロマンのこみち』(廿日市市郷土文化研究会発行)

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