津和野藩御船屋敷跡


津和野藩御船屋敷跡を示す石碑。
船屋敷の存在は
廿日市の経済や文化の発展に
大きな影響を与えたと思われる。
津和野藩特産の和紙も、
ここから上方に送られていた。

桜尾城址の西側一帯。津和野藩主亀井氏は参勤交代や物資の輸送に際し、津和野街道を東上して廿日市に宿泊し、海路を経て室津(現、兵庫県御津町)へ上陸していた。この廿日市の中継居留地が津和野藩御船屋敷で、寛永7年(1630)に設けられた。

関船は大小合わせ23隻におよび、約2,500坪の広大な屋敷に多くの船頭や水主が住んでいた。現在、船屋敷をしのぶことのできるものは、稲生社と蓮教寺境内に移植されたソテツのみである。


津和野太皷谷
稲成神社の分神を
祀るといわれる
稲生社

スポット情報
所在地: 

廿日市市桜尾本町

お問い合わせ: 

TEL (0829)31-5656
(廿日市市観光協会)

アクセス: 

広電: 山陽女子大前下車、国道2号線方面へ徒歩約13分
バス: 廿日市郵便局前下車、徒歩約2分

もっと詳しく

コラム 廿日市で生まれた津和野藩士、堀田仁助

堀田仁助は偉大な天文学者で、長じて江戸幕府の天文方となった人物。幕府から蝦夷地の測量を命じられた仁助は、さまざまな測量精器を作って蝦夷地の地図を完成させた。日本全国を測量したことで知られる伊能忠敬は、仁助が老齢を理由に自分の代わりに推挙した弟子の一人であった。佐方の八幡神社境内には、仁助が寄進した石灯籠がある。

記載にあたり、以下の文献等を参考にさせていただきました。

『廿日市町史 通史編(上)・(下)』(廿日市町編集・発行)
『廿日市の歴史探訪 1~3』(石田米孝著・渓水社)
『図説 廿日市の歴史』(廿日市市編集・発行)
『廿日市町の文化財』(廿日市市教育委員会編)
『ロマンのこみち』(廿日市市郷土文化研究会発行)

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