宮川甲斐守腹切岩


折敷畑の合戦は、廿日市北西部の折敷畑山と
山麓の明石口付近一帯で行われた。
陶軍の将、宮川甲斐守房長は陶軍にあっては
有名な武将で、京都の船岡合戦以来たびたび
大内家で功名を奏した人物であった。

厳島合戦の前哨戦である折敷畑の合戦。弘治元年(1555)6月5日未明の毛利軍の奇襲によって陶軍は総崩れ、宮川甲斐守は瑶池(はるいけ)という駿馬に乗って山路三里を逃げ、末田新右衛門に打たれたという。

腹切岩は後世、宮内五里原辺りの里人が甲斐守の敗死を憐れみ、この岩を腹切岩と呼んだものと思われる。近くには甲斐社という小祠があったが、現在は明石大歳神社に合祠されている。

スポット情報
所在地: 

廿日市市宮内辻堂原

お問い合わせ: 

TEL (0829)31-5656
(廿日市市観光協会)

アクセス: 

車: 西広島バイパス経由、宮内交差点を佐伯町方面へ約15分
バス: 津田線下明石下車、徒歩約10分

もっと詳しく

ロマンのこみち 毛利元就編

  • 極楽寺 - 本堂は永禄5年(1562)、毛利元就によって再興された
  • 桜尾城址 - 折敷畑の合戦後に元就が凱旋式を行い、厳島合戦では毛利軍の本陣に
  • 洞雲寺 - 元就によって、陶晴賢が埋葬された場所。桂元澄や毛利元清の墓もある
  • 火立岩跡 - 地御前の西広島バイパスと国道2号線が合流する付近。厳島合戦の際、毛利軍が夜陰にまぎれて厳島に渡ったとされる場所

記載にあたり、以下の文献等を参考にさせていただきました。

『廿日市町史 通史編(上)・(下)』(廿日市町編集・発行)
『廿日市の歴史探訪 1~3』(石田米孝著・渓水社)
『図説 廿日市の歴史』(廿日市市編集・発行)
『廿日市町の文化財』(廿日市市教育委員会編)
『ロマンのこみち』(廿日市市郷土文化研究会発行)

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